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雪月花うさぎ

Author:雪月花うさぎ
おいでいただいてありがとうございます。
家族は、英国人の夫と、一人娘のゆっぴー(2007年生まれ)。
大学院留学から長年イギリスに住んでいましたが、数年前、一家で大陸ヨーロッパの片隅に移住。ゆっぴーには、ヨーロッパと日本の両方の文化を受け継いで欲しいです。
子供といろいろ経験するのを楽しんでいくことにしています。

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ポリニャック夫人って...?!

私は漫画「ベルバラ」を読んだ世代なので、ポリニャック夫人の名前はよく知っています。

639px-Gabrielle_de_Polastron.jpg

王妃マリー・アントワネットの一番のお気に入りなのをいいことに、寵愛を私利私欲に利用し贅沢三昧。しかし、そそのかされていたことに目醒めた王妃にしだいに遠ざけられた。革命が勃発すると、さっさと王妃を捨てて国外に逃亡。

作者が膨大な資料を集めてベルバラを書いただけあって、そんな漫画ででのポリニャック夫人像はかなり史実に忠実らしく、Wikipedia(日本語版)には、ほぼその通りのことが書いてあます。...と思ったら..

フランスのテレビをみていたら、「マリーアントワネットのお気に入り達」みたいな題の歴史番組を放送していました。当然ポリニャック夫人もでてきました。だけど、なんかちょっと違う。寵愛をいいことに、ベルサイユで好き勝手をしていたのは事実でしょう。でも、王妃を「いい鴨」として操り利用するだけ利用して、さっさと逃げていった、というところは違うようです。この人は、ほんとに王妃が好きだったらしいです。慌てて仏語版のWikipediaをみてみると、やはり日本語版とは違うことが書いてありました。TV番組の内容のとおり。

革命のあとすぐにポリニャック伯一家がフランスを去ったのは、国王夫妻にそう命じられたからで、その折、お手当ももらっているとか。時が時だけに「円満な別れ」というのとはちょっと違うけど、「国王夫妻を見捨てて」というのともニュアンスが違いそうです。また、亡命後も、国王夫妻とは親密に手紙にやり取りがされていたとか。

周辺国を転々としたあとのウィーン滞在中、ポリニャック夫人はマリーアントワネットの死を知ります。しかし、夫人の息子は、王妃の死のニュースを母親に知らせるにあたって、断頭台での死ではなく、留置中の病死ということにしたそうです。事実はあまりに酷だからと。夫人は打ちのめされたそうです。体調の悪かったポリニャック夫人が亡くなったのは、そのニュースから1か月後だったそうです。まるで後を追ったように。

ーー
今日のひとこと。
番組名: Les favoris de Marie-Antoinette   マリーアントワネットのお気に入り達
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